■「神秘主義」とは何か!!

0

    神秘主義」という言葉がある。

     

    宇宙の絶対的存在に人が己の心的精神をもって、直接、霊的イメージを感情的・感覚的に体験する行為の総称をいう。

     

    この絶対的存在に身をゆだねることを、英語で「 mysticism」といい、語源はギリシア語の静寂的行為「myein」に由来し、アジア的な「瞑想」に近い状態を指している。

     

    神秘主義の根本を「神秘的合一」「心的統合」「精神和合」などを意味する「unio mystica 」といい、絶対的存在と自己との統一感をいい、この感情は自己しか体現できないとされる。

     

    精神的高揚と静寂を併せ持つ特殊な感覚は、この世的な常識をはるかに超越する為、必然的に自己の殻である肉体を離れ、エクスタシーを体験することになる。

     

    これが微細な存在に過ぎない自己が、統合吸収によって絶対的存在の一部と化し、果てしない光に自己が吸収され「無」になることを指している。

     

    釈迦が唱えた「無」とは‟存在しない瓩里任呂覆、絶対的存在を前に我欲の塊である自己が‟絶対的存在と共に存在する甍嫐である。

     

    それを「解脱(げだつ)」といい、絶対的存在と自己が一緒になり、その時、絶対的存在と自己の違いは消滅し、全てが一つとした「無限(永遠)」が完成する。

     

    それが象徴的な「死と復活」で、精神の心の根である「霊」が「肉体」へ昇華し、体も絶対的存在と同じ「不死不滅」となる。

     

    この「神秘的合一」は自己の内面でしか体験できず、自己の霊的最深部でしか理解できない。

     

    それを得るのは「霊」であり、精神が「魂」であるため、日本ではこれを統合して「霊魂」と呼び、「煩悩」と区別する。

     

    自我という厚い壁を打ち破った内面にこそ真の自分がいて、絶対的存在によって打ち破って貰うのだが、その超感覚・感情を得るには自己も半歩己を投げ出さねばならず、そうしなければ絶対的存在も半歩近づけない。

     

    これを「絶対的受動性」といい、絶対的存在に全てを任せ身をゆだねればならなず、そうせねば自己の殻を突破できない。

     

    自我の厚い壁を絶対的存在からの光の大洪水が打ち破ると、無限の泉から凄まじい光(生命)が押し寄せ、それが自分を永遠に生かす永遠の生命となる。

     

    ユダヤ的神秘主義「カバラ(カッバーラ)」はこの「選ばれる(絶対的受動)」を指し、我欲による絶対的存在への接近を無駄としている。

     

    これが「生命の樹(命の木)」を指し、そこに我欲で接近する者は「回る炎(ケルビム)の剣」で肉体と共に霊である命さえ失う。

     

    日本では空海(弘法大師)の「真言密教」、山岳信仰の役行者(えんのぎょうじゃ)で知られる役小角(えんのおづの)の「修験道」が、代表的な神秘主義となる。



    calendar

    S M T W T F S
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    282930    
    << April 2019 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM